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2009年11月08日
「つながり」の進化と真価、ハマらない理由
いま、mixi上では、
畑を耕したり、街を作ったり、
ぺットを飼ったりするのが
流行っているらしい。
ちょっと覗いてみると、そのクオリティは
全盛期のファミコンをはるかに越えていて驚いた。
案の定、色々とややこしい事も増えている。
ちょっと怖いし、
そもそもゲームにハマるたちでもないので
そそくさと退散。
思い返してみると、30年近く生きてきたけど
これまでゲームにハマったことがほとんどない。
マンガも同じで、雑誌や単行本を手に取ったことも
数えるほどしかない。
ファミコン全盛期だった小学生の頃は
友達のプレイに横からチャチャを入れるだけ入れて
いざとなると、自分はコントローラーすら手に取らないという
ズルがしこい、いやらしい少年だった。
マンガ原作の映画やドラマが蔓延する今も
その癖は変わらない。
完全に「食わず嫌い」になってしまった。
理由は簡単だ。
実家は田舎の小さな電器店で
家に帰ると、
店の大画面テレビとJBLの高級スピーカーから
レーザーディスク(懐かしい!!)でハリウッド映画や
MTVやスペシャの最新PVが流れていた。
刺激の少ない田舎のミーハー少年は、
狂ったように、のめり込んでいく。
身を削って仕入れた商品がぶっ壊れるんじゃないかと
親が心配するくらいのパワープレイで、
怒られたこともあったりなかったり。
今考えると、何とも贅沢なオモチャだった。
ドラクエやドラゴンボールを軽く超えてしまう
世界観と表現力、師の言葉を借りれば、思想と方法が
「店のテレビ」から流れていたのだから。
若き日の興奮が、奥底にまとわりついて
後々、自分を苦しめる癌になろうとは思いもよらず。
ノスタルジーから、話を元に戻そう。
インターネットの「つながり」は
ブログからつぶやき、ゲームへと直感的なものに流れている。
2chのひろゆきさんが久々にテレビ出演して語っていたが、
(この、「博士の異常な鼎談」という番組、秀逸。ソニーレコード制作、驚愕)
大人達が騒ぐ「活字離れ」という言葉が象徴するように、
デジタルネイティブ世代にとっては
「活字」も「映像」も「音声」も
インターネットやケイタイという、同じ土俵にのっかっていて
「活字」も短くて直感的な表現がスタンダードとなりつつある。
そのトレンドを的確に捉えた仕掛けが、
ニコニコ動画やTwitterの「つぶやき」なのだろう。
ゲームも、さらに直感的なものが増えるのかなぁ。
個人的には、
Gyorol ぎょろる で
誰かと「つながり」たい。
投稿者 mediaholic : 2009年11月08日 07:55